西の魔女が死んだを読んでの感想です。この本には魔女の修行の基礎トレーニングを知ることができます。生活の中でみつける小さな感動と不安。そして大好きなヒメワスレナグサ。あまいいちごジャム。最後のメッセージ…ダッシュツ ダイセイコウ。
一気に読み上げた本
最近、本を読みきることができなくなっていました。
集中力の欠如?それとも、飽きっぽくなったから?
以前は、図書館でたくさんの本を借りて読んで、そして返しにいってまた借りて読むの繰り返しをしていました。
自分の図書館を作りたいと思ったほど、たくさんの本を読むのが幸せでした。
仕事をするようになって、欲しい本がハードカバーで買えるようになってから、わたしは本をあまり読まなくなりました。
人は手にはいると思うものを、あまり大切にしなくなるのかもしれません。あるいはそれはわたしだけのことかもしれませんが…。
集中力の欠如?それとも、飽きっぽくなったから?
以前は、図書館でたくさんの本を借りて読んで、そして返しにいってまた借りて読むの繰り返しをしていました。
自分の図書館を作りたいと思ったほど、たくさんの本を読むのが幸せでした。
仕事をするようになって、欲しい本がハードカバーで買えるようになってから、わたしは本をあまり読まなくなりました。
人は手にはいると思うものを、あまり大切にしなくなるのかもしれません。あるいはそれはわたしだけのことかもしれませんが…。
ダークグリーンのミニ
西の魔女が死んだは、ひさびさに一気に読み上げた本でした。
まず最初に、映画化が決定したという理由。そして、感想文を書くと決めた…そういった理由からでした。
読み始めたとき、わたしは少し不安でした。
最後まで読みきれるだろうか…といった不安です。
でも、西の魔女が死んだを読み始めたらすぐに、わたしの目の中に、ダークグリーンのミニという文字が目に飛び込んできました。
わたしの大好きな車です。
ちょっとびっくりして、再度読み返しました。
すると、ほどなくダークグリーンのミニを運転してママがやってきた。…と書かれていました。
やっぱり、あのミニでした。
たぶん、ここからもうこの本に引き込まれていったのだと思います。
まだ、最初の1ページだったのに…。
まず最初に、映画化が決定したという理由。そして、感想文を書くと決めた…そういった理由からでした。
読み始めたとき、わたしは少し不安でした。
最後まで読みきれるだろうか…といった不安です。
でも、西の魔女が死んだを読み始めたらすぐに、わたしの目の中に、ダークグリーンのミニという文字が目に飛び込んできました。
わたしの大好きな車です。
ちょっとびっくりして、再度読み返しました。
すると、ほどなくダークグリーンのミニを運転してママがやってきた。…と書かれていました。
やっぱり、あのミニでした。
たぶん、ここからもうこの本に引き込まれていったのだと思います。
まだ、最初の1ページだったのに…。
主人公のまいは感受性が強い女の子
ここにでてくる主人公のまいは、とても感受性が強い女の子です。
自分に少し重なる部分があると感じました。
外から受けた大きな衝撃を、どうにか自分の中で処理しようとします。その作業の中で、人との間にちょっとした壁を作ってしまうような、そんな不器用な面があります。
何かがあるとちくいち母や友に報告するような、そんな感じではなく、自分の中でどうにか受け止めようと、理解しようとします。でもその作業はときにまわりに対し、ちょっとしたやつあたりや不機嫌さを見せてしまうようなことがあります。
まいは母親が(父との会話の中で)電話口でいっていた「扱いにくい子」「生きていきにくいタイプの子」だという言葉に、多少なりともショックを受けます。
そういった不器用な面が、人にはそう思われるんだということに。
それはどうしようもない事実であり、自分ではなかなかかえることのできない自分の内面です。
それはぐっとガマンして受け入れるしかないことでした。でも心は傷ついてしまいます。
その不器用な生き方は、とてもしんどいのです。
それを知ってか、おばあちゃんはまいに魔女の修行を提案します。それは、精神の鍛え方。
自分に少し重なる部分があると感じました。
外から受けた大きな衝撃を、どうにか自分の中で処理しようとします。その作業の中で、人との間にちょっとした壁を作ってしまうような、そんな不器用な面があります。
何かがあるとちくいち母や友に報告するような、そんな感じではなく、自分の中でどうにか受け止めようと、理解しようとします。でもその作業はときにまわりに対し、ちょっとしたやつあたりや不機嫌さを見せてしまうようなことがあります。
まいは母親が(父との会話の中で)電話口でいっていた「扱いにくい子」「生きていきにくいタイプの子」だという言葉に、多少なりともショックを受けます。
そういった不器用な面が、人にはそう思われるんだということに。
それはどうしようもない事実であり、自分ではなかなかかえることのできない自分の内面です。
それはぐっとガマンして受け入れるしかないことでした。でも心は傷ついてしまいます。
その不器用な生き方は、とてもしんどいのです。
それを知ってか、おばあちゃんはまいに魔女の修行を提案します。それは、精神の鍛え方。
ヒメワスレナグサ
おばあちゃんとの生活は、本を読み進めていくうちに、まいとともにわたしの中でもしっくりとなじんでいきます。
手をのばせばそこにはボウルがある感触や、わたしが小さな頃から大好きだった(けれど名前がどうしてもわからなかった)ヒメワスレナグサが咲いている絵が自分の体験のように確かにつみかさなっていくのです。※のちにこの花の名前はキュウリグサであることがわかります。
手をのばせばそこにはボウルがある感触や、わたしが小さな頃から大好きだった(けれど名前がどうしてもわからなかった)ヒメワスレナグサが咲いている絵が自分の体験のように確かにつみかさなっていくのです。※のちにこの花の名前はキュウリグサであることがわかります。
最後のメッセージ
どうしてもイメージできないものは、ネットで検索すれば写真を手に入れられます。(とても便利な世の中ですね)
銀龍草の写真を目にしたとき、わたしは感動に近い感覚をおぼえました。まいがこの花をみつけたときの新鮮な驚きが手にとるように自分の中にも落ちていきました。
おばあちゃんからの最後のメッセージをうけとったとき、わたしはまいとともにおばあちゃんのたましいにふれた気がしました。
電報のようなメッセージ。
こんなにステキなメッセージをうけとったことが、これまでにあっただろうかと思えるほどの感動。
普段はすごく丁寧な言葉遣いをするおばあちゃんが、とってもおちゃめなメッセージを残してくれた。
そう思うと、片目をつぶってはにかむように微笑みかけてくれるおばあちゃんの顔が思い浮かびました。
おばあちゃんの後ろには晴れ渡った青空がありました。
この本を読み終えた瞬間が、早朝であったことがとてもありがたかった。
西の魔女に心より感謝もうしあげます。
銀龍草の写真を目にしたとき、わたしは感動に近い感覚をおぼえました。まいがこの花をみつけたときの新鮮な驚きが手にとるように自分の中にも落ちていきました。
おばあちゃんからの最後のメッセージをうけとったとき、わたしはまいとともにおばあちゃんのたましいにふれた気がしました。
電報のようなメッセージ。
こんなにステキなメッセージをうけとったことが、これまでにあっただろうかと思えるほどの感動。
普段はすごく丁寧な言葉遣いをするおばあちゃんが、とってもおちゃめなメッセージを残してくれた。
そう思うと、片目をつぶってはにかむように微笑みかけてくれるおばあちゃんの顔が思い浮かびました。
おばあちゃんの後ろには晴れ渡った青空がありました。
この本を読み終えた瞬間が、早朝であったことがとてもありがたかった。
西の魔女に心より感謝もうしあげます。
